たいどん:重い知的障害のある自閉症児。永遠の2歳(高3)
ずかとも(私):過活動膀胱を患う頻尿おやじ。永遠の20歳(たいどんのパパ)
10月13日(金)に封切りされた映画【 月 】。
2016年7月26日に起きた「津久井やまゆり園事件」を題材にした映画です。
原作は辺見庸さんの同名小説【 月 】。
観た人全員に問題を投げかける衝撃的な映画です。
(この記事ではストーリーには触れません)
多くの人たちに観て頂き、自問自答、或いはいろんな人と話をして答えを見つけてほしいと思います。
(最初にお断りしておきますが、この記事は当然ながら私個人の考え・感想です)
■障害者の存在意義とは
映画が私に問いかけてきた問題。それは
・人・人間とは何か
・人権とは何か
・障害者の存在意義は何か
■映画の登場人物と舞台設定(極めて簡単に)
この映画の犯人は「さとくん(磯山佑斗さん)」。
さとくんはどこにでもいそうな「普通の」青年。
さとくんは森の奥にある障害者施設で働いる。
ある日その施設に洋子(宮沢りえさん)が職員として加わる。
洋子は障害がありずっと寝たきりだった3歳の男の子を亡くした悲しみが癒えていない。
施設には自傷行為を繰り返す障害者や、独り言をしゃべり続ける障害者、寝たきりの障害者など、いわゆる「重度」の障害者が暮らしている。
職員が介助をしても何の反応も示さない。
また施設では障害者に対する虐待(暴力や拘束、監禁)が行なわれているが、園長をはじめ誰もそれを咎めようとはしない。
そのような環境の中で、さとくんの考えは犯行を決意する方へと変わっていく。
映画の後半部分に凶行を決意したさとくんとそれを止めようとする洋子が、また洋子の心の陰と陽が対峙するシーンがある。
そのセリフに私は衝撃を受けた。
■きれいごと、偽善
さとくんが洋子に、陽子の陰の心が洋子の陽の心に問いかける。
(以下の文章は映画のセリフを正確に表現したものではありません)
・障害を持った子供がいなければと思ったことはないのか?
・生まれてくる子供は普通の子の方がいいでしょう?
・障害者を望まない(否定・排除しようとしている)のに一緒に生きていこうなんてしょせん「きれいごと」だと思わないか?
私はこの問いかけに反論できなかった。
・たいどんがいなければと思ったことがある
・たいどんが障害児だと分かったことで、もう子供は欲しくないと思った
一緒に生きていることを「きれいごと」だと考えたことはありませんが、その場では「きれいごとなんかじゃない」と言い返せなかった。
そして何より怖かったのは、ひょっとしたら「私も犯人のさとくんになるのかもしれない」と思ったこと。この考えが浮かんだ時、本当に怖くなった。
■障害者に心はありますか
そしてさとくんは凶行に及ぶ。
凶行に及ぶ相手(障害者)を「心があるかどうか」で判別する。
・障害者は幸せですか?
・障害者に心はありますか?
私はこの問いの答えを必死に探した。
「きれいごとじゃないのか?」に答えられなかったことが怖くて、この問いにも答えられなかったら、私が本当にさとくんになってしまいそうな気がして。
そして導き出した答えがこうです。
「幸せかどうかは本人が決めることであり、他人が判断することではない。反応を示さないことが幸せを感じていない証ではなく、心がない証でもない。幸せであるという感情の表し方も人それぞれであり、笑う人もいれば泣く人もいる。表に出さない人もいる。障害のある人が反応を示さないからと言って幸せを感じていないわけではない。反応を表に出さなくても一緒に幸せを感じられるように共に生きたい」
障害者にも心はある!
■障害者の存在意義とは
冒頭の問いに戻ります。
障害者や老人は「生産性がない」と表現され、あたかもそれが正しいことのように考えられている今の社会。でもその「生産性」とは目先のお金やサービスのことで容易に金額換算できるものを指しているように思えます。
目の前をゆっくり歩く老人を、エレベーターを待っている車いすの人を、(税金が使われる)透析など医療等の支援や介助が必要な人たちを邪魔だ、迷惑だ、無駄だと思って否定・排除しようとする私たち人間。
でも冷静に考えてみると、全ての人間が老化や病気、或いは事故などで障害者になる可能性を持っています。明日も今のまま健康でいられるという保証はどこにもないのに。
だからこそ、いつ、どんな病気や障害を持っても安心して生きていける社会を作っていく必要がある。そんな社会を作るためにはどうすればいいのか、どんな社会を作ればいいのかを、障害者は示してくれていると思います。
私はさとくんにはならない!
■これからどうする?
つらつらと私なりの答えを出してみましたが、とはいってもまだ私の中の障害者は「たいどん」でしかないのです。
(家族ですからね)
理想は社会全体がそういう考えで再構築されていくこと。
でもそれも無理なことだと分かっています。
せめてたいどんや私たちの家族の周りにいる障害者たちだけでも、そんな気持ち、考えに包まれて生きていけるようにしていきたい。
(なんか宗教団体っぽいですね)
そのためにはどうすればいいか、を考えながら、そして行動しながらこれからの私の人生を歩んでいくとになりそうです。
映画から帰ってきてたいどんをギュッと抱きしめました。
「ありがとう」「ごめんね」「大好きだよ」いろんな感情を抱きながら。
(でもたいどんは知らん顔でDVD鑑賞に夢中でした。。。)
映画のパンフレット(1300円)も読みごたえがあります。
映画の作り方そのものにも感動を覚えるくらいの素晴らしいパンフレットです。
お勧めです。
宮沢りえさんの演技が素晴らしかったです。
ではまた。
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